カテゴリ: 甲州市( 21 )
■勝沼駅を駆け抜けた往年の名電気機関車「EF6418」
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by calbra | 2008-11-08 17:46 |  甲州市
■関東三大奇祭「大善寺」の「藤切り」
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■毎年5月8日に、勝沼の大善寺で、関東三大奇祭、藤切り祭りがおこなわれる。
その昔、修験者が大蛇を倒したという故事に由来し、大蛇に見立てた藤づるを切り落とし、奪い合う。


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by calbra | 2007-05-08 16:14 |  甲州市
■時空を味わう超癒し系ランチ「放光寺の精進料理」
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by calbra | 2007-04-07 12:30 |  甲州市
■花の寺「放光寺と雛人形飾り」
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by calbra | 2007-04-07 12:00 |  甲州市
■藤村式建築の流れをくむ「旧田中銀行社屋」
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山梨には、明治6年から20年まで山梨県令(知事)を務めた藤村紫朗が推奨した擬洋風建築「藤村式建築物」という歴史文化財があります。
代表的な例としては、武田神社境内の「藤村記念館」や、旧甲州街道勝沼宿の「旧田中銀行」などが、貴重な明治の面影を今も残しています。

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by calbra | 2007-02-10 06:04 |  甲州市
■勝沼町ぶどうの丘「天空の湯」
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上の写真、壊れているわけではない。クリックしてワイドに広げてみて欲しい。
その名も「天空の湯」、から眺める風景である。
眼下に広がる甲府盆地の彼方には、雪を冠した南アルプス連峰を臨む絶景である。この絶景を温泉にのんびり浸かりながら眺めて過ごすことができる。
年に何度かはここに来て命の洗濯をする。山梨県に住んでいてよかったと心から思う瞬間である。

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by calbra | 2007-02-03 10:51 |  甲州市
●江戸後期から明治の東西両屋敷建物群「勝沼宿中松屋」
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by calbra | 2007-01-19 18:20 |  甲州市
■天目山「栖雲寺」と、その裏山の「巨石自然庭園」
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栖雲寺は、南北朝時代の貞和四年(1348)に業海本浄和尚の創立した禅刹で、中世禅文化の豊庫ともいわれている。業海は文保二年(1318)に元の国に渡り中峯普応国師に師事し、元の天目山で修行して帰国後武田家の招聘によりこの寺を開いた、という。以来、武田家の信望が厚く境内には信玄から数えて六代前の武田家当主、「武田信満」の墓がある。
その他、重要文化財の「普応国師の座像」をはじめ、県指定文化財の「業海本浄和尚木像」、「地蔵菩薩崖仏」など多くの文化財がある。
「栖雲寺銅鐘」もまた山梨県指定文化財。中世期に造られた古い貴重な鐘で、久遠寺鐘(身延町)、広厳院鐘(笛吹市)、放光寺鐘(甲州市)、永昌院鐘(山梨市)とともに「甲斐の五鐘」の一つに数えられる名鐘である。延文四年(1359)大工の沙弥道金によって栖雲寺において鋳造されたと伝えられている。
庫裏右手に回ると「武田信満の墓」の裏山の「巨石自然庭園」を散策することができる。この自然の石庭は、寺域の北東部に拡がる花崗閃緑岩地域の一帯で面積約二ヘクタール、大小の岩塊が累々と横たわり、禅僧の修行の場として使われていたそうである。
その「巨石自然庭園」の中心は北部の三尊石で、近く発する涸流れをややくだった中ほどの鯉魚石は天を衝く気迫をみせ、ほど近い南東方に蓮は須弥山があり山を囲む列石が弧状をえがいて九山八海に見たてられるなど仏教の世界観に通ずるものがある。多くの岩魁の間に「地蔵尊」や「文殊菩薩の線彫り」の磨崖仏が拝され、巨大な霊石泉、忿怒石、開山座禅石などもある。卓越する甲斐の庭園文化の中にあって一類型ともみられる代表的な大規模の遺構として評価される。
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by calbra | 2007-01-19 16:08 |  甲州市
■武田家ここに眠る、天童山「景徳院」
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天正十年(1582)3月11日、織田、徳川連合軍に追い詰められた武田勝頼は、約50人の家臣とともに激戦の末、ここ甲州市田野の地で自害したとされている。
こうして武田家の歴史が幕を閉じた直後同年7月、徳川家康公入国の際、家康が勝頼の死を弔うため、家臣尾畑勘兵衛に命じて建立させたのがこの寺、天童山「景徳院」である。
境内には勝頼公、北条夫人、勝頼の嫡男信勝公が自害した生害石があり、甲将殿の裏には勝頼公をはじめ将士の墓がある。


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この田野(通称天目山)の戦いにおいて、勝頼公一族に従容として自刃する時を与え、自らも27才にして自害して果てた「片手千人斬り」の武勇伝を持つ武将がいる。「土屋惣蔵昌恒」である。
たった四十余名という手勢で田野より先の天目山「栖雲寺」を目指した武田勝頼一族であったが、織田、徳川連合軍に行く手を阻まれ、大蔵沢より先に進むことができなくなり田野の郷に引き返す。この時、惣蔵は主君の危機を救わんと最も崖道の狭い所で岩角に身を隠し片手は藤蔓につかまり、片手には刀を持ち、迫りくる敵兵を次々に切っては谷川に蹴落したと伝えられる。次から次へと蹴落とされた屍の血を飲み込んだ谷川の水は、三日間もの間、血で赤く染まり、川はいつか誰が呼ぶともなく「三日血川」と呼ばれる。
「三日血川」(みっかちがわ)は、その後いつしか「三日川」(みっかがわ)となり、いまでは「日川」(にっかわ・ひかわ)と呼ばれている。
武田家とともにいくつもの伝説が眠る、天童山「景徳院」である。


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by calbra | 2007-01-19 15:55 |  甲州市
■山梨最古の建造物、国宝「大善寺の薬師堂」
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by calbra | 2007-01-19 15:54 |  甲州市



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