■天目山「栖雲寺」と、その裏山の「巨石自然庭園」
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栖雲寺は、南北朝時代の貞和四年(1348)に業海本浄和尚の創立した禅刹で、中世禅文化の豊庫ともいわれている。業海は文保二年(1318)に元の国に渡り中峯普応国師に師事し、元の天目山で修行して帰国後武田家の招聘によりこの寺を開いた、という。以来、武田家の信望が厚く境内には信玄から数えて六代前の武田家当主、「武田信満」の墓がある。
その他、重要文化財の「普応国師の座像」をはじめ、県指定文化財の「業海本浄和尚木像」、「地蔵菩薩崖仏」など多くの文化財がある。
「栖雲寺銅鐘」もまた山梨県指定文化財。中世期に造られた古い貴重な鐘で、久遠寺鐘(身延町)、広厳院鐘(笛吹市)、放光寺鐘(甲州市)、永昌院鐘(山梨市)とともに「甲斐の五鐘」の一つに数えられる名鐘である。延文四年(1359)大工の沙弥道金によって栖雲寺において鋳造されたと伝えられている。
庫裏右手に回ると「武田信満の墓」の裏山の「巨石自然庭園」を散策することができる。この自然の石庭は、寺域の北東部に拡がる花崗閃緑岩地域の一帯で面積約二ヘクタール、大小の岩塊が累々と横たわり、禅僧の修行の場として使われていたそうである。
その「巨石自然庭園」の中心は北部の三尊石で、近く発する涸流れをややくだった中ほどの鯉魚石は天を衝く気迫をみせ、ほど近い南東方に蓮は須弥山があり山を囲む列石が弧状をえがいて九山八海に見たてられるなど仏教の世界観に通ずるものがある。多くの岩魁の間に「地蔵尊」や「文殊菩薩の線彫り」の磨崖仏が拝され、巨大な霊石泉、忿怒石、開山座禅石などもある。卓越する甲斐の庭園文化の中にあって一類型ともみられる代表的な大規模の遺構として評価される。
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by calbra | 2007-01-19 16:08 |  甲州市
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